11月末に日本でも発売された新型「BMW X3」。この取材のために訪れたミュンヘンで、BEV(電気自動車)戦略を含む最新のプロダクト情報、そして、発表されたばかりの燃料電池におけるトヨタ自動車との提携について、BMW幹部に聞くことができた。対応してくれたのはDr. ニコライ・マーティン。ミドルクラス、ラグジュアリークラス、RR開発担当ゼネラル・マネージャーだ。
BMWには現在、大きく分けて3本のプロダクトラインがある。まず、これから登場する新世代のBEV専用車となる「ノイエ・クラッセ(=ニュークラス)」。次にMINIと前輪駆動アーキテクチャー採用車を含む小型モデルのライン。
3つ目が、後輪駆動アーキテクチャーを用いた「3シリーズ」から上のすべてのモデルとロールス・ロイスまで包含するラインだ。言うまでもなくBMWの主流であり、モデル数で見ても70%ほどを占める。マーティン氏の担当はこの主力ラインである。 ちなみにノイエ・クラッセとは、元々は1960年代に登場して、その大ヒットによってBMWの名を一気に浮上させることとなった「BMW 1500」に始まるモデルのことを指す。シャシー、ボディ、デザインに至るまで、すべてを一新した新型車は当時、社内でノイエ・クラッセ、英語で言うところのニュークラスと呼ばれていた。その精神を今に甦らせた完全新設計のBEV群を新たにノイエ・クラッセと称しているのだ。
■今回のX3にはBEV版はない まずは先日、日本導入が始まった最新のX3について聞いた。先代X3にはモデルライフ途中に中国生産のBEVである「iX3」が追加されたが、新型には設定がない。やはり今春発表されたSUVフォルムのコンセプトカー「BMW Vision Neue Klasse X」の市販版が、そのポジションを担うということだろうか。 「はい、X3にはBEV版を提供する予定はなく、BEV版はノイエ・クラッセとなります。車名はまだ決まっていません。BEV専用プラットフォームを使い、私達がGen.6と呼んでいる最新のeドライブ技術を採用します」
第6世代と呼ばれるこの技術には、充電時間を短縮し、航続距離の伸長も可能とする新しいリチウムイオンバッテリーが採用される。バッテリーパックは車体の構造体としても機能して、車両の軽量高剛性化にも貢献する。 「補足をしておくと、今後開発されるBEVがすべてノイエ・クラッセのアーキテクチャーを使うわけではありません。コンパクト、ミディアム以上、ノイエ・クラッセの3つのアーキテクチャーに、Gen.6のeドライブ技術を組み合わせることで、多様なBEVのラインナップを展開します」
BMWは電動化戦略について「パワー・オブ・チョイス」というワードを用いる。つまり内燃エンジン専用車とBEV専用車を作り分けるのではなく、1つのモデルに内燃エンジン、PHEV(プラグインハイブリッド車)、BEVに、可能ならばFCEV(燃料電池車)まで幅広いパワートレインを用意して、ユーザーに選択してもらうというものだ。 実際、最高峰の「7シリーズ」にはガソリンとディーゼルの内燃エンジン車とPHEV、さらにBEVが設定されている。
その方針は今後も変わらず、BEV専用アーキテクチャーを使い、デザインも室内環境もドラスティックに変えていくノイエ・クラッセだけではなく、現在と同じように内燃エンジン車と共通の車体を使ったBEVも引き続き展開していくというわけだ。だが、昨今のBEV市場の退潮は、計画にまったく影響を及ぼさないのだろうか。 ■フレキシブルな対応を重視 「パワー・オブ・チョイスの言葉の通り、お客様が選べるということが重要と考えて、柔軟性のあるアーキテクチャーを用意してきました。さらに技術的にできるというだけでなく、実際に作れなければいけないので、内燃エンジンとBEVの切り替えがフレキシブルに行える生産工程を採用しています。ポイントは、BEV市場の成長過程において、ユーザーが想定以上にBEVを選んだ時でも、あるいは逆に販売が減少した場合でも、容易に対応できるということで、今後もその考えは変わりません。フレキシブルに両方のパワートレインを提供することが大事だと考えています」
分かっていて聞いたところもあるが、元々こうして柔軟に対応できる態勢をとっていただけに、市場がBEVに振れても、振れなくても、想定の範囲内。ビジネスには概ね影響はしていない、ということである。 「それは競合他社と比較した際にも、こうして全体的なBEVの需要が下がる中で、私たちが成功できている大きな要因と言えます。さらに大事なことは、こうした考え方で生み出された私たちのBEVは、商品としても非常に魅力的なものになっているということです。全体的な需要は落ちていても、BMWに対する需要は落ちていないと感じています。実際、BEVの販売台数の伸びは今年も13~17%の増加を実現しています」
現在では主にPHEVを含む内燃エンジン車とBEVという軸で語られる、このパワー・オブ・チョイスだが、前述の通り将来的にはそこにFCEVも入ってくることになりそうだ。ちょうど9月上旬にBMWはトヨタ自動車と、これまでの10年以上にわたる水素分野での協力関係の一層の強化で合意し、FCシステムやインフラ整備に共同で取り組んでいくと発表したところである。 押さえておきたいのは、これはトヨタがBMWにFC技術を供給するという話ではないということだ。あくまで両社共同で開発していく。では、BMWがFCシステムに求めるのは、どのような要素なのだろうか。
「トヨタとの協力関係は長年続いているもので、常に互いにどういう要求があるのか話し合っています。BMWは商用車への参入には興味がないので、我々が考えているのは、まさにBMWの車両に必要な、ユーザーが望む車両に対応できるFCシステムが欲しいということです。そのためには、まだまだ新しい技術が必要です。BMWならではのダイナミックな走りを可能にするもの、ですね。もちろん、商用車とオーバーラップする部分もあります。『iX5 Hydrogen』ではトヨタとともに経験値を蓄積できました。BMWのダイナミックな走りを実現することと高い牽引能力。iX5 Hydrogenでは、まずそれを実現できたと考えています」
■課題の1つはFCシステムの高出力化 1つの課題として挙げられるのは絶対的なパワーだろう。iX5 Hydrogenの駆動用電気モーターの出力は295kW。しかしながらFCシステムは125kWなので、全開にしてもモーターの力をフルに引き出せない。 そこで駆動用バッテリーを大容量化することで、パワーが必要な時にはFCシステムの電力に加えてバッテリーからの170kWという大電力も同時に用いるというソリューションが用いられた。次期型に求められるのは、FCシステム単体でも高出力を発揮できることだろう。それは可能だろうか?
「もちろんです(笑)」 あえての問いに、マーティン氏は笑顔で、そして力強く頷いた。言うまでもなく高出力化はBMWだけでなくトヨタも求めるところだろう。この辺りの狙いは共有できているはずだ。 ちなみに2023年に実証実験のため限定導入されたBWM iX5 Hydrogenは、トヨタからFCセルの供給を受けつつ、そのセルを組み合わせたスタックをはじめとするシステム全体をBMWが開発したものだった。今後はどういうかたちを採るのだろうか。
「今の段階ではその辺りはまったく決まっていなくて、まずは技術を一緒に開発するということです。車両を開発する中で第三者から調達するものもあれば、トヨタが開発して提供するものもあり、もしくはBMWが提供する部分もあるかもしれない。それは最終的に相乗効果はどこにあって、両社で何を一緒に生み出すことができるのかで決まると思います。同じものを両社がお互いに作るのではなく、どちらが何を担当して、どうすれば一番効率よくなるのかを見極めること。まずはそこが重要ですね」
その中には水素燃料タンクも当然含まれる。高圧化しても依然としてコンパクトとは言い難い水素燃料タンクは、車両全体のパッケージングにもっとも大きく影響するパーツだ。 「もちろん、タンクに関しても色々開発しています。タンクは非常に重要です。生産、製造を考えた時には、どこまでFCEVをBEVに近づけることができるのかが重要なカギとなります」 ■共同開発したFCEVは2028年に量産開始 同じ車体で内燃エンジン車、BEV、そしてFCEVを成立させる。パワー・オブ・チョイスの中にFCEVを組み込むことこそ、量産化には非常に重要というわけだ。
「はい。間違いありません。BEVも含めて製造が柔軟に対応できるかたちでなければならないんです。私たちはBMWですから、いずれのパワートレインでも、もちろんFCEVでも、競争力ある航続距離、電費を実現し、お客様が求めるような魅力的なクルマ、最善の選択肢を提供したい。結局はそれに尽きますね」 BMWは新たにトヨタと共同開発を行うこのFCシステムを用いた車両を、2028年より量産開始すると発表した。生産、流通まで含む水素インフラの整備についても両社で共同で取り組んでいくという。ここに来て、ヨーロッパでも改めて注目度の高まっている水素エネルギー。FCEVの新たな時代が切り拓かれることになりそうだ。